フルスイングファンの歩き方

― 少年野球で迷ったときの入口 ―

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【第1話】父母会長という役割を引き受けた日

少年野球のめんどくさい話

「誰かがやらなきゃいけないんだよね」
その一言が、すべての始まりだった。

少年野球の父母会長。
正直に言えば、やりたい役ではなかった。

人数は足りていない。
引き継ぎは、ほとんどない。
「できる人がやる」という空気だけが、ずっとそこにある。

気づけば、周りは静かになっていて、
断らない人間だけが、その場に残っていた。

――断ったら、チームが回らなくなる。
――誰かがやらなきゃ、子どもたちが困る。

そう分かっているからこそ、
「やりません」とは言えなかった。

このときは、まだ思っていた。

「大変だとは思うけど、なんとかなるだろう」
「一年だけだし、乗り切れば終わる」
「子どものためなら、仕方ない」

今振り返れば、
それは“何も知らなかったからこそ言えた言葉”だった。

父母会長になった途端、世界は一変した。

LINEは鳴り止まない。
週末だけでなく、平日にも連絡が来る。

「これ、どうなってますか?」
「誰がやるんでしたっけ?」
「急なんですけど、お願いできますか?」

どれも悪意はない。
ただ、窓口が自分になっただけだ。

でも、その「だけ」が、想像以上に重かった。

決定事項が曖昧なまま、判断を求められる。
過去のやり方は分からない。
聞こうにも、前任者はもういない。

「去年はどうやってたんですか?」

その質問に、答えられる人が誰もいない。

それでも、答えを出さなければいけない。

一番しんどかったのは、
誰にも弱音を吐けないことだった。

父母会長という立場になると、
自然と「できる人」「分かっている人」に見られる。

だからこそ、
「正直、きついです」
「もう手一杯です」

そんな言葉は、飲み込むしかなかった。

家に帰れば、家族がいる。
仕事もある。
子どもも野球をしている。

自分が投げ出せば、
どこかで誰かが困る。

その構図が、頭から離れなかった。

それでも、心のどこかで思っていた。

「これ、本当に必要な苦労なのか?」
「こんなに消耗するほどのことなのか?」
「少年野球って、こんなに大変なものだったか?」

――めんどくさい。

その言葉が、何度も頭をよぎった。

でも、口に出すと、
まるで自分が悪者になる気がして、言えなかった。

このときは、まだ知らなかった。

この一年で、
何度も心が折れそうになり、
家族との関係が揺らぎ、
それでも最後には、
忘れられない一瞬に立ち会うことになるなんて。

これは、
父母会長として過ごした一年の記録であり、
少年野球の「めんどくさい」の正体と、
その先にあったものの物語だ。

あの日、
「誰かがやらなきゃいけない」と言われたとき、
少しだけ勇気を出して引き受けた自分に、
今なら、こう言える。

――間違ってなかった。

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