年野球をやっていると、
親は一度も「比較」をしないでいることは、正直ほぼ不可能です。
あの子は毎日家でやっているらしい
同じ学年なのに、もうレギュラー
SNSを見ると、どの家庭もすごく頑張っているように見える
気づけば、
比べるつもりはなかったのに、比べている自分がいます。
そして、この「比較」が始まったとき、
家庭の自主練は静かに壊れ始めます。
比較は、悪意ではなく「不安」から始まる
まず大前提としてお伝えします。
他の子と比べてしまう親は、
冷たいわけでも、教育熱心すぎるわけでもありません。
比較の正体は、ほぼ100%これです。
👉 「このままで大丈夫だろうか」という不安
・うちの子は遅れていないか
・今やらないと、取り返しがつかないのでは
・後悔したくない
この不安は、
子どもを真剣に見ているからこそ生まれます。
問題は、
この不安を「比較」という形で処理してしまうことです。
比較が始まった瞬間に起きる3つの変化
比較が家庭に入り込むと、
自主練の空気は一気に変わります。
① 自主練が「自分のため」ではなくなる
比べる対象ができた瞬間、
自主練の目的はこう変わります。
× 自分の感覚を良くする
× 楽しさを積み重ねる
→
○ 追いつくため
○ 置いていかれないため
この時点で、
自主練は「前向きな時間」ではなくなります。
② 親の視線が「確認」になる
比較が入ると、
親の声かけも無意識に変わります。
・今日はやった?
・何回やった?
・あの子はもっとやってるらしいよ
これは応援ではありません。
評価と管理の始まりです。
子どもはすぐに察します。
「見られている」
「できなかったら、がっかりされる」
この瞬間、
自主練は安心できない時間になります。
③ 家庭の空気が重くなる
比較が続く家庭では、
・練習量が増える
・管理が細かくなる
・できなかった日の雰囲気が悪くなる
という流れに入りやすくなります。
結果として、
・三日坊主
・「あとでやる」が増える
・最終的には完全にやらなくなる
これは意志の弱さではありません。
環境が壊れた結果です。
比較で伸びたように見える子の「落とし穴」
よくある反論があります。
「比較で伸びた子もいるじゃないか」
確かにいます。
ただし、それは一時的な結果です。
比較で動いた子は、
・他人基準でしか動けない
・評価がないと不安になる
・失敗を極端に怖がる
という状態になりやすくなります。
長く野球を続けるほど、
この差は確実に出ます。
自主練が壊れた家庭に共通していたこと
私自身、父母会長として、
多くの家庭を見てきました。
自主練が続かなかった家庭には、
ほぼ共通点がありました。
👉 比較が日常に入り込んでいたこと
そして、
それに気づいたときには、
「もうやらなくなっていた」
「親子関係がギクシャクしていた」
というケースが多かったです。
比較をやめる、ではなく「扱い方を変える」
ここで誤解してほしくないのは、
👉 比較を一切なくす必要はありません。
人間なので、比べてしまうのは自然です。
大切なのは、
比較を行動に変換しないことです。
・比べてしまった自分を責めない
・その不安を子どもに渡さない
・練習量や管理に直結させない
これだけで、
家庭の空気は守れます。
比較から抜け出すために必要だったのは「仕組み」
我が家で変化が起きたのは、
比較をやめようと努力したからではありません。
比較しなくて済む仕組みを作ったからです。
振り返りで続ける「野球ノート」
・他人と比べない
・昨日の自分と比べる
・できた事実を残す
行動を見える化する「スイングチャレンジ」
・回数を競わない
・達成を目で確認する
・評価を外に求めない
親の役割は「比べない人」ではなく「守る人」
家庭での自主練において、
親が完璧である必要はありません。
比べてしまうこともある
焦ることもある
それでも、
👉 その感情を子どもに渡さない
これができれば十分です。
まとめ|比較が始まったら、立ち止まってほしい
他の子と比べてしまったとき、
それは「ダメな親」になったサインではありません。
👉 守りたい気持ちが強くなったサインです。
その気持ちは、
管理や練習量に変える必要はありません。
環境を整える
安心を守る
仕組みに任せる
これができたとき、
自主練は静かに、でも確実に戻ってきます。
比べないことより、
壊さないこと。
この視点を、
ぜひ家庭に持ち帰ってください。



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